医療ニュース 2009/9/8

「民主党の医療政策とその実現可能性を読む」

【民主党の医療政策を、現政権の医療政策との異同に注目しながら、概括的かつ中立的に検討します。】

政界は一寸先は闇」といわれますが、8月30日投票の総選挙に限っては、民主党が第一党になり、現在の自公連立政権に代わって、民主党を中心とする政権(以下、民主党政権)が誕生することはほぼ確実といわれています。
そこで、本稿では、民主党の医療政策を、現政権の医療政策との異同に注目しながら、概括的かつ中立的に検討します。
その際、民主党が7月27日に公表した「マニフェスト」中の医療政策および「医療政策<詳細版>」(以下、「詳細版」)だけでなく、本稿執筆(7月31日)までに入手できた、
2003年以降の民主党の一連の医療政策、および「詳細版」の原案、民主党幹部の発言も紹介します。それにより、民主党の医療政策の形成・変化のプロセスが分かるからです。
(医療費と医師数の大幅増加の数値目標)
民主党の医療政策で最も注目すべきことは、医療費と医師数の大幅増加の数値目標が示されたことです。具体的には、「OECD平均の人口当たり医師数を目指し、医師養成数を1.5倍にする」、
「総医療費対GDP比をOECD加盟国平均まで今後引き上げていきます」と明記されました。もちろん、「自公政権が続けてきた社会保障費2200億円の削減方針は撤回する」とされています。
実は、民主党は、わずか2年前の「マニフェスト2007」までは、医療費総額の拡大は掲げていませんでした。
それどころか、「民主党の考える医療改革案」(2006年4月)では、逆に、無駄の排除と予防医療の推進により「中長期的には医療費総額・医療給付費はいずれも政府の推計値を下回る可能性が高い」という、自民党や厚生労働省と類似した主張すら行っていました。
このことを考慮すると、今回の民主党の医療政策の転換・発展は画期的と言えます。公平のために言えば、自公政権(福田・麻生首相)も、「骨太の方針2008」で医師数抑制政策を見直し、
「骨太の方針2009」で小泉政権が定めた社会保障費抑制の数値目標を事実上見直しましたが、医師数・医療費の「大幅増加」には踏み込んでいませんし、小泉政権の数値目標も名目上は維持しています。
それだけに、もし民主党の医療政策が実現すれば、1980年代以降四半世紀続けられてきた医療費・医師数抑制政策の根本的転換となることが期待されます。
(個々の医療政策も現実化・具体化)
次に、民主党の個々の医療政策を検討します。
医療保険制度では、「国民皆保険制度の維持発展」を大前提とした上で、「後期高齢者医療制度の廃止と医療保険の一元化」が掲げられおり、この点では現行制度の維持を主張する現政権とは大きく異なります。
ただし、直嶋正行民主党政調会長は、すぐに元の老人保健制度に戻すのではなく、新制度を検討した上で廃止すべきとの私見を明らかにしており、激変は避けるようです(「中日新聞」7月28日朝刊)。
また、「医療保険の一元化」は「将来」の目標とされ、「マニフェストの工程表(2010~2013年度)」にも含まれておらず、事実上棚上げされています。
他面、「わが国の医療保険制度は国民健康保険、被用者保険(組合健保、協会けんぽ)など、それぞれの制度間ならびに制度内に負担の不公平があり、これを是正します」と明言していることは注目に値します。
以上から、民主党政権の下でも、医療保険制度の「抜本改革」はなく、「部分改革」が積み重ねられると思います。
「医療提供体制の整備」については、現行の制度・政策との整合性を重視した「部分改革」がより鮮明です。医療提供体制についての現政権の政策との大きな違いは、
「当面、療養病床削減計画を凍結し、必要な病床数を確保する」、「総枠としての療養病床38万床を維持しなければならない」と明記していることです。
実は、民主党は上述した2006年の「医療改革案」では、「病床数削減」を前面に掲げ、一般病床を26万床、精神病床を7万床、療養病床を11万床削減するとしていました。
本年の「マニフェスト」は、療養病床に限らず、一般病床・精神病床についても病床削減は掲げておらず、大きな方向転換といえます。
さらに、2008年診療報酬改定で導入された「外来加算の5分間要件」も「診療所負担の軽減を図るために撤廃」と明記しています。
民主党がこの方針を明記したのはこれが初めてで、「詳細版」の原案にも含まれていませんでした。
(公的病院偏重の疑念)
このように、民主党の医療政策には、医師や病院に配慮したものが少なくありませんが、2つの疑念が残ります。
第1の疑念は、公的(大)病院偏重という疑念です。それが一番鮮明なのは「地域医療を守る医療機関を維持」の項で、「医師確保などを進め、地域医療を守る医療機関の入院については、その診療報酬を増額します」、
「4疾病5事業を中核的に扱う公的な病院(国立・公立病院、日赤病院、厚生年金病院等)を政策的に削減しません」と書かれています。
実は「詳細版」の原案では、前者は「...公益性のある病院の入院については、その診療報酬を1.2倍」とすると書かれ、公的病院偏重がより鮮明でした。
逆に、「マニフェスト」・「詳細版」とも、日本の地域医療の大半を支えている民間中小病院や診療所の役割に対する言及はまったくありません。
一般には、救急医療の主役は自治体病院や公的病院というイメージがありますが、それは誤りで、全国的に見ても、救急搬送患者の57%は民間医療機関が受け入れており、しかもこの割合は大都市部で特に高くなっています(加納繁照医師)。
また、「マニフェスト」と「詳細版」で最終的に削除されたとはいえ、特定の(公益性のあるとみなされた)病院の入院のみを対象にして診療報酬を2割も引き上げる政策は、
極めて恣意的であるだけでなく、同じ医療サービスに複数の価格(一物二価)を持ち込む「禁じ手」といえます。
(中医協改革への疑念)
もう1つの疑念は、上述した「地域医療を守る医療機関を維持」の項の最後に書かれている「中医協の構成・運営等の改革」です。
この短い一文だけでは真意は分かりませんが、「毎日新聞」7月23日朝刊の報道では、岡田克也幹事長は「診療側」代表の日本医師会について、「医師会は開業医中心だ。
利害関係者が自分たちの取り分を決めた政府の制度は他にはない」と指摘し、診療報酬改定は「最終的には国会で議論して決める」と表明したそうです。
私自身も、診療報酬の改定率を最終的に国会で決めることに賛成ですし、中医協の委員に患者代表を増やしたり、医師・病院代表以外の医療職を新たに加えるという構成の改革を行うことにも賛成です。
しかし、岡田幹事長の発言は、次の2点を無視しています。①中医協の診療側委員には既に事実上の病院団体代表が2名加わっており、最近の診療報酬改定は決して開業医が「自分たちの取り分を決める」ものとはなっておらず、逆に病院に最大限配慮した改定が行われている。
②中医協は公開の場で診療報酬の改定を審議するだけでなく、改定後の影響を詳しく調査し、その結果を(不十分ながらも)次回改定に生かすなど、他の政府委員会よりもはるかに透明で公正な運営が行われている。
私の知り得た範囲では、岡田幹事長に限らず、民主党幹部には、このような中医協の優れた構成と運営についての理解がない方が少なくありません。
それだけに、民主党政権が成立した場合、中医協改革が「官僚政治打破」のシンボル化され、大きな混乱が生じる危険があります。
(医療費財源拡大の長期見通しが示されていないが)
民主党の他の政策と同じく、医療政策の最大の弱点も、医療費拡大のための財源の長期的見通しが明確に示されていないことと言えるかもしれません。
民主党は「マニフェスト」で、「国の総予算207兆円を全面組み替え」、税金の無駄使いの根絶と「埋蔵金」の活用等により16.8兆円(2013年度)を捻出できると主張していますが、この試算に対しては、現与党(自民党・公明党)だけでなく、すべての全国紙が疑念を呈しています。
私自身も、日本がアメリカと並ぶ「小さな政府」であることを考慮すると、無駄の排除と埋蔵金の活用だけでは、公的医療費拡大の長期的な安定財源は確保できないと考えています。
ただし、この点をもって民主党のみを批判するのは公正ではないとも思います。その理由は2つあります。
1つは、民主党も長期的には消費税を医療・社会保障拡大の主財源と考えており、自民党との違いは引き上げの実施時期だけといえるからです。民主党の「マニフェスト」は、大企業の負担増や所得税の累進性の強化等、格差是正につながる税制改革を正面から掲げていない点でも、自民党と類似しています。
もう1つは、民主党も一枚岩ではなく、医系議員を中心にして、社会保険料の引き上げを正面から主張する議員も少数存在し、この点でも自民党と類似しているからです。
(民主党の医療政策はどこまで実現するか)
以上、民主党の医療政策を概括的・中立的に検討するとともに、その実現可能性にも言及してきました。私は民主党の医療政策が総体的にどこまで実現するかは、総選挙の結果により相当変わると判断しています。
もし民主党が、4年前の総選挙での小泉自民党のように大勝すれば、上述した疑念のある改革(中医協改革等)も相当実現する可能性があると思います。
しかし、民主党がほどほどに勝利し、社民党や国民新党と連立政権を組み、しかも自民党も相当の議席を確保した場合には、与党内・与野党間の調整により、新政権の医療政策は「マニフェスト」よりもさらに現実化すると思います。
と同時に、税金の無駄使いの根絶と埋蔵金の活用だけでは、医療費大幅増加の財源が捻出できないことは早晩明らかになると予測しています。
さらに、民主党政権が成立した場合には、日本医師会等の医療団体と政党の関係が劇的に変化するのは確実です。
従来は、自民党政権が「永久政権」の様相を呈していたために、日本医師会等の自民党一党支持も合理化されてきました。
しかし、自民党が野党に転落した場合には、その根拠が崩壊し、日本医師会等は政権党を中心とした各政党に、「民間学術専門団体」の立場から、積極的な政策提言を行うことになると思います。それにより、日本医師会等と政党との間に健全な緊張関係が生まれ、しかもそれが可視化されます。
これは政権交代がもたらす大きな効果といえます。


(日経メディカルより抜粋)


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